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またしばらく

2008年06月29日
またしばらく更新できそうにないので・・・(言い訳)

今日聞いた話から。。。

「孔子がある晩夢を見た。
地獄に無理やり連れて行かれる。
地獄とはひどい環境で耐え難い場だと思っていたが
実際には大きなテーブルにご馳走がどっさりとのせられて
そのテーブルに悪事を働いた人たちが付いてた。
たくさんの料理はみんな好きなだけ食べていいとのこと。
だけれどもひとつだけ条件があって
みんなお箸を使って食べなければならない。
そのお箸も150cmという長さのお箸だ。

悪事を働いた人たちは、皆大変腹ペコだった。
何とか食べようと躍起になっていたが
誰一人としてそのご馳走を口にすることが出来なかった。
ご馳走を口に出来ないことで悪口雑言ちりばめられていた。

次の瞬間、孔子は天国にいた。
地獄とまったく変わらない風景だった。
大きなテーブルのまわりに座っている人々。
やはり150cmのお箸で食べなければならないことに変わりはない。
でもここの人々はみな笑顔だった。
そのお箸でご馳走を食べさせ合っていたからだ。
豊かで笑顔にあふれていた」


この話を聞いていろんなことを考えた。
深い。。。
たくさんの気付きがある。

どう捉えられただろうか?

ま。端的にいえば
人のことを思いやる事のできる人は→笑顔になれる→天国にいける

ちっちゃな思いやりの積み重ねでヒトは豊かになれる生き物なのだ。

そういうことかな(笑)





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天職・使命とは・・・

2008年01月19日
あらゆる種類の本を乱読する私だが。。。その時々でひっかる言葉は異なる
。。。ような気がする。
そのとき考えている思考だったり、悩んでいる事柄だったりするのだろう。

勿論それによって解決するわけでもなく
一つの考え方としてインプットすると、ある日、それはかなりの時間を置いて
自分の中におちてくる。
まるでさも自分の中で閃いたかのように(笑)
そしてそれは経験値となる・・・ようだ。

だけど、経験値となるまでが意外に大変なのだ。。。
思っていることを実際にやってみるまでの逡巡する心模様だろう。

今日は少し前にマスコミで取りざたされていたミシュランの日本版なるもののなかにも
取り上げられた鮨職人の言葉。
残念ながら私はこの方の握ったお寿司をいただいたことがないので
あくまでも言葉でしかとらえられないのだが。

※きちんとした引用ではありません。
あくまでも私の中でまとめた文章として取り上げました。

「人は天職・使命などという言葉に捉われ、ある意味逃げ場のように
私の天職は何だろう?今やっていることは無意味なのではないか?」
などという考え方をもちがちですが、仕事や今、向き合っていることが
自分に向いているとか、合っていないというのではなく
自分を仕事に合わせるのです。
もともと合う仕事なんてないのだから与えられたものを天職と信じて、
ソコで一生懸命にやれば仕事が自分に合ってくるのです。」


これは私の師と敬う阿部先生の言葉ですが
「【私たちは過去、紀元前から存在する人類の最先端を歩む人間なんだ】
と自覚したことはありますか?
沢山の生まれ変わりを重ねて、時には改良もなされて
どんどんその時々によって変化して来た血を持つ人間なのです。
ある人は狩が得意だったり、ある人は畑を耕すのが得意だったり、
ある人は絵をかくのに長けていたり、ある人は演説が得意だったり
ある人はけんかに弱くて亡くなったり、疾病で亡くなったり
でも大事なのは、その理由などではなく、どう変化してきたかが重要なのです。
自分の中を流れる血の中にどういう気質があるのか、
知りたいとか知りたくないにかかわらず、これまでのあなたの人生を振り返ったときに
わけもなく興味を覚えたこと、どうしてもやりたくなったこと、はたまた
後先考えずやってしまったこと、どうしてもやりたいこと・・・etcたくさんあるでしょう?

それは思いつきでも偶然でも必然でもなく、ただただあなたの中の血が騒いでいるだけです。
臆病にならないで、あなたの中の血が騒いでいることに挑戦してみる
小さな勇気を持ってください。
そして、その際に起こる心の中の小さなざわざわはまったく無視して
感じるままに動いてみてください。
感動が起きますよ。
そして感動したことはそのままご自分の中のゆるぎない経験値として
あなたの中に根ざしていくでしょう。
それらの積み重ねがあなたの芯を作るのです。」


※この言葉も私の勝手な解釈で少々変化していると思います。
ご了承下さい。

小さなこと(自分の満足する範囲内での)の積み重ねが
自分の自信や経験値へとつながるのだから
周りにどういわれたところで揺るがない意志の強さや明確な判断力につながるのだろう。

ともすればすぐに自分を卑下する傾向にある自分自身への
言葉として大切にしたい。

「今日はビールを飲まない日にしようと決めたけど、
やっぱり飲んでしまっちゃってる自分がだーいすきっ♥]

・・・ちょっと違うか(笑)

ようは自分を愛してあげられない人は人からも愛されない
ちょっと飛びすぎだけど、そのくらい自分を抱きしめようと。。。これも飛びすぎか
酔っ払いの戯言でした(失礼!)
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祈り

2006年12月12日
シェアブログ31に投稿

祈ってください
(『ガンを超えて生きる----こころのチキンスープ4』P108より)
 
いつものように朝の散歩をしていたとき、
ゴミ収集用トラックが私のそばで止まった。
運転手に道を聞かれるのかなと思った。
ところが、運転手は5歳くらいのかわいい坊やの写真を見せて言った。
「うちの孫のジェレマイアなんだが、
いまフェニックス病院で生命維持装置をつけているんだ」
 治療費の寄付を頼まれるのだと思って、
私は財布を取り出そうとした。
だが、運転手が求めているのは金ではなかった。
彼は言った。

「できるだけおおぜいのひとに、
孫のために祈ってくれないかとお願いしているんだよ。
あなたも孫のために祈ってくれないか」

 私は祈った。
その日は、自分が抱えている問題が小さく思えた。

ボブ・ウェステンバーグ


祈りという行為は科学的にも証明されているのだが
本当に通じるらしい。
(…らしいというのは、やはり私が俗な人間なため
目で見えることでないとわかった気にならない理由だと捉えて欲しい)

人は自分のためには神頼みのように祈るが
もしかしたら、見も知らない他人のために祈るということは
少ないのかもしれない。
これまで私は何度か頼まれていろんな祈りをしてきた。
その度ごとに私でよければ、一生懸命祈らせてもらいましょう
そう思ってきたが、
自発的行為ではなかったのだと今悟る。

闇雲に祈るのではない。
祈りをささげる前にまず必要なこと
己がしっかりしていること。

祈るとは易しいことではないのだ。多分。
強いことなのだと。…今日、自分の中におちた。

DX06415.jpg


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鏡の法則

2006年11月08日
いろんなことを思い起こさせる一文になれば…と
インフォブレナーの福島さんのところから引っ張ってきました。
参考になれば幸いです☆

「以前、私は新宿に事務所を構えていたことがあるが、
そこから100Mほど離れたところに駐車場があった。
そこにはいつでも元気で明るい、60歳を過ぎたばかりの
管理人のおじさんが働いていた。
毎日のように顔を合わせていたが、
いつもおじさんは明るい笑顔で挨拶をしてくれた。
以前は大手企業で働いていたそうだが定年になって退社し、
そして駐車場の管理人の仕事を始めたということだった。
ある雨の日、駐車場に車を止めたとき、
私は傘を忘れたことに気づいた。
車の中でどうしたものかと考えていたところヘ
「傘を忘れたんなら、これ持っていきなよ」と、
自分がさしている傘を私にさしだしてくれた。
「でも、それっておじさんの傘じゃないの?
今日の帰りは遅くなるから、おじさんがいる時間に返せないよ」
「いいんだよ。私のことはどうでもいいから持っていきなよ」
「じやあ、後ですぐに返しに来るから少しの間だけ貸してください」
管理人のおじさんはいつもこんな調子で、
自分のことよりも他人のことばかり考えてくれるような人だった。
その駐車場は時間貸しもしていたが、場所柄もあってか、
いつも満車の状態だった。
そんなとき、管理人のおじさんは
駐車しようとして入ろうとする車の運転手に、
いかにも申し訳なさそうに謝っている姿をよく見かけた。
そして必ず、道路に出てその車が見えなくなるまで
少し薄くなった自髪の頭を深々と下げている。

そんなある日、寂しそうな顔をして、
「福島さん、実は今週いっぱいでこの仕事を辞めることになりました。
妻が胸を悪くしたので、空気のきれいなところで
のんびり暮らすことにしたんですよ。
いろいろお世話になりました」と言って、頭を下げた。
「え、それは残念だなあ。
でも、いろいろお世話になったのは、こっちのほうですよ」
私は何ともいえぬ叙しさを覚えた。
今日が最後というその日、私はちょっとした感謝の気持ちで
手みやげをおじさんに持っていくことにした。
駐車場に着くと、私はびっくりするような光景を目にした。
管埋人室は駐車場の端っこにあって、
やっと二人くらいが入れるくらいのプレハブ。
その管埋人室は花束がいっぱいで中がまるで見えない。
さらに置ききれなくなった手みやげがドアの外に高く積まれてあった。
「おじさん、じゃまになるかもしれないけど、
これもここに積んどくよ」
「いやあ、どうもすみません。
何の気遣いもいらないのに申し訳ありませんね。
私はこの仕事をして毎日毎日がとても楽しくて、
とっても幸せでしたよ」
「おじさんはどんな仕事をしたって、
みんなに喜んでもらえる人なんだよ」
(カガミの法則=人に与えた良いことは自分に返ってくる!
→結果自分が幸せになる。)


つまらない仕事なんかない。
その仕事にかかわる人の姿勢が仕事を面白くしたり、
つまらなくしたりしているにすぎない。
私はそんなことを管理人のおじさんから学んだ。
仕事が面白いとか、仕事がつまらないというのは、
その人が面白くなるように仕事に取り組んでいるか、
つまらなくなるよう取り組んでいるかで決まるものである。
楽しくやろうと思えば何でも楽しくなってくるし、
イヤイヤやれば何でもイヤになってくる。
私たちは仕事の価値を
それにかかわろうとする姿勢によって作っている。
つまらない仕事だと決めつければ、
その瞬間にどのような仕事でもつまらないものとなってしまう。
つまらない仕事だと思い込んで取り組んでいると、
必然的に仕事の生産性は落ちてくる。
つまり、その仕事を通して社会や他人に価値・感動を
与えることができなくなるのである。
仕事にかかわる前に、私たちはすでにその仕事の価値を
決めているといえるのではないか。
このことは、今どんな仕事にかかわっていたとしても同じである。
一流大学を出たのに、毎日がコピー取りの仕事ばかりと言って
嘆いている若手社員の声を聞くことがある。
こんなことをするために大学を出たんじやないと。
でも、よく考えてみてほしい。
コピー取りの仕事ってそれほどまでにつまらない仕事なのだろうか。

私はあるベンチャー企業の女性スタッフの
こんな声を聞いたことがある。
その人は仕事のほとんどがいわゆる雑務ばかりであった。
電話応対に始まり、銀行へ行ったり、コピーをとったり、
社内の清掃をしたりと結構忙しい。
にもかかわらず、彼女はとっても毎日楽しく仕事ができるという。
「私の仕事はいわば雑用ですよね。みんな嫌がることかもしれません。でもみんなが嫌がることをするってとても気分がいいんですよ。
自分が他の人の役に立っているって感じるじゃないですか。
そのためにも、一つひとつの仕事の意味を考えるようにしています。
この仕事をするとだれが喜んでくれるかを考えるんです。
もちろん相手は声に出して喜んでくれるばかりとは限りません。
でも、それはかっこ悪いと思っているからじゃないかと思うんです。
心の中ではきっと喜んでくれているはずなんですから」
いまかかわっている仕事の面白さは、
自分の仕事に取り組む姿勢によって決まるのである。」


「今関わっている仕事の面白さは、自分の仕事に取り組む姿勢によって
決まるのである」
確かにそうだ!
いいえて妙。

ただ私がこの文章に惹かれたのは
その管理人のおじさんをみている福島さんの目。
やっぱり見てくれている人は見てくれているんだー
絶対自分を卑下しないで、忠実に己に恥じない行動をとれば
絶対見ていてくれる人がいるってことの証のような気がして。

はいはい。ひっかりどころは・・・私の場合、そこでした。
福島さんファンの方・・・ごめんなさい!

↓ハイ!私も感動しましたわって方はどんぞ!
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浄!

2006年06月09日
レッスンに来ている小4の子に「算数は今、何を習っているの?」と聞くと、
億とか兆などの大きな数との事。
それで昔ちょっと感動した事をおもい出し・・しばし感慨深く。

さて、大きな数と小さいな数ってどこまでいえます?

一、十、百、千、万、10万、100万…1億、10億…1兆、10兆、100兆、1000兆…
その次に確か1京、10京・・なんてあったかな?
覚えなくてもいいけど、ちなみにね…そう話されてたことの方が
深く頭に残っているって…ンなモンかなー(笑)

さて、話は戻ってこの「1000兆」で10の15乗で。
でも話したいのはその先、この先だけどどこまであるかというと
…なんと10の68乗まであるそうだわョ

兆のあとは「京(けい)」「垓(がい)」「杼(じょ)」などと続き、
10の64乗で「不可思議」になり、最後は10の68乗で「無量大数」となると。
故にぃ、ゼロが68個だよ68個っ!!

        ↓多分これで68個=無量大数
  10000000000000000000000000000000000000000000000000000000000

何のために使われるために作られた数字かは意味不明だけど。


んでもって小さい数なのですわ。
今あるのは10の-23乗までだそうで。
私たちが知ってるのは多分、10の-1乗=0.1を表す「分」→0.01を表す「厘」くらいじゃなーい?

「厘」の下には「毛(もう)」→「糸(し)」→「忽(こつ)」と続き10の-9乗で「塵(じん)」
…「漠(ばく)」「模糊(もこ)」…10の-18乗で「刹那(せつな)」→「六徳(りっとく)」→
「虚(きょ)」→「空(くう)」→「清(せい)」そして最後10の-23乗で「浄(じょう)」

     ↓多分これで10の-23乗…どんな小さいんや   
0.00000000000000000000001=「浄」

だんだん小さくなり、ついには浄化されるってとこにいたく感動!
深いでしょ?

仏教の言葉が多くて、例えば「塵」は修行の妨げになる欲のもと。
「模糊」は本来の形がはっきり見えず分からない様子。
さらに小さくなって「虚」は邪心を持たないこと。
「空」はご存知の通り空こそあらゆる物の本来の姿であるという仏教の基本の考え方で。
そして最後の「浄」はにごりもけがれもなく美しいこと、とある。

国の予算でも兆の位で足りるし、小数点以下なんて「厘」までで十分。
だいたいゼロが68個とか小数点以下に23個もゼロがつくなんてのは現実味もない
どんなでかくて、どんなちっちゃいんや!?

そこで、ここからは超文系の考えですが…これが人を表すとしたらどうでしょう。
例えば偉大な人やものすごい発明をする人は「不可思議」で、
どこまでも可能性のある子供は「無量大数」とか。
小さなことにクヨクヨしてしまう人は「塵」、
どこまでも謙虚な人は「虚」
どんなことも受け入れる器の大きい人は「空」、
そして例えばたった一人というちっぽけな力で多くの人を助けるような人は「浄」とか・・・。

数学を真剣に学んでる方からしたら、あほか?てなところでしょうが
昔の人に思いを馳せて勝手な解釈をするのも楽しいかも

「こだわらない心、かたよらない心、広く広くもっと広く。これ「空」の心なり」
お後がよろしいようで
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赦!

2006年05月15日
昨夜のマイナス発言ブログは心配メールや、お叱りの言葉を受け
改心いたしました☆
本当にごめんなさい.

何より自分にごめんなさいですね

弱っているときには悪いものや無意味なものをひきつけるもの。
わかっていたのに・・・外に出すことによって楽になるかと思いましたが
現実はそうではなく、かえって出すことでなんだか言葉が言霊(ことだま)になり、
生きもののように歩き出してしまいました.

ますますおえっって吐きたくなる気持ちになったのが正直なところです.

・・ということで復活宣言です!(はやっ)

いい人と知り合い、これまであまり上手く付き合えなかった人とは
お互いにいい関係が持てるように
そして、今までいい関係だった人とは
これまで以上に充実した関係になるように
「期待することをあきらめる」のではなく、
不満に思う分子を取り除いたり、いい因子に変えながら、
対人関係の大きな大きな輪を作っていきたいと思っています.

みんなみんな今生で出逢う人は広い意味でのソウルメイトなのです。
お互いに誇りを持てるような人間関係作りたいです.
そして、自分がそう思って信じてないと、相手だってわかってしまいます。

私の好きな言葉です。
IMG_2367.jpg考えれば 知恵が出る
行動すれば 発見がある
人に会えば 人脈ができる
夢を持てば 人生が楽しくなる
すべては わたし次第




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人は・・・

2006年05月07日
今日読んでいた本で心を揺さぶられるメッセージがあったので引用する。
無腐性大腿骨骨頭壊死という、骨が壊死し再生を繰り返すという
難病の5歳の少年が書いたというメッセージだ。
書いてあるままを引用。

「イノチヲカケテモ人ヲマモロウ
 ボクタチノココロヲタイセツニソダテヨウ
  
 ユウキガアレバデキナカッタノモデキテクル
 アキラメズニキボウヲモテ。

 力とおかねがせいぎではないこころがせいぎだ。

 空ハカミサマガスンデイルトコロダカラ
 空ニハモノヲナゲダサナイ。

 山の月きれいしんでもたましいはのこる。
 男ノ子モ女ノ子モオトナモいい子。

 いいことをして人をよろこばすなぐさめる
 わるい人もいいこころになるみんな天ごくゆき。

 いいことをたくさんすればかならずかみさまはおよろこびになって
 せかいがへいはになるだろう」

・・・まるで何者からか与えられたかのようなこの言葉に
胸が震える。
もしかするとこれらの言葉は、この少年が人間として生まれるときに
心のエネルギー源としてしっかり握りしめて生まれてきた言葉なのかもしれない。
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へー・・ほー・・・

2006年04月10日
以前に本屋で目に止まりちょこっとメモ
そしてまたネットを旅していて、ちょっと立ち止まったページ。
それが西田文郎さんなる方。
斎藤一人さんとゆかりのあるお方らしいがあまりよくは知らない。
だが、いいことを言ってらっしゃる。

それが価値を転換する魔法だ。
導入部分として「ハゲを喜ぶような人間は絶対いない。
いないだろうと思う。念のために言っておくと、私だって喜んでハゲたわけではない。
しかし、そのハゲさえ長所、利点に変えることができるのだ。
事実こうして、ハゲの効用を文章にして説得力をもつとしたら、
それは実際にハゲているからだ。講演でもこの話をすると、間違いなくウケる。
ビジネスにも役立ってくれるハゲなのだ。
…もし、髪がふさふさだったらと考えるとぞっとする…」


笑ってしまった。
そっかーハゲって恥ずかしくないぢゃん!!
・・・なんて思わされてしまった。(笑)

自分の短所を一気に長所にもっていければ、こわいものなし
この方は「ハゲといえば西田。西田といえばハゲ。」というように自分のイメージを
周りに定着させるように頑張ったそうだ。
ハゲの話題が出たら「そういえば・・・最近西田さんはどうしてるんだろう?」
と誰もが思うようになればしめたモノ・・・だって。

うんうん、わかる。

ちょっとしたことなんだけど
そう思ってないとできないからねー
私はどの短所を長所にもっていこっかーーー?(笑)

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固定観念

2006年04月08日
いつも「柔軟でいよう」とか「枠を作らずに」など頭では分かっていても
でもそれ自身が固定観念だと気付かされることが多い

無意識の中で、またこれまでの生活環境や習慣のなかで
とるに足らないことの如何に多いことか。
また、運良く友人によって「それって固定観念ジャン
と指摘され、はたと気がついても・・・すぐに直せない。
私って固いよなー

そこでこんな話を思い出した(いつもそうだ)
出処は定かでない

「ガラスの蓋とノミの話」
 
ノミは体長2mmの小さな虫ですが、跳躍力が強く、ビーカーの中に
何匹かノミを入れてもすぐに全てのノミが外に飛び出してしまいます。
しかし、ビーカーの上にガラスの蓋をすると、
ノミはコツコツと頭をぶつけることになり、最後には諦めてしまいます。

これをしばらく続けていると、ガラスの蓋を取り除いても
ノミは一匹たりとも外に飛び出そうとはせず、
中でピョンピョン小さく跳ぶだけになってしまいます。

すなわち、ノミには「ビーカーから外へは出られない。跳べば頭をぶつけてしまうだけだ。」
という固定概念ができ上がってしまうんだそうです。  


「出来るわけない」
「ムリに決まってる」
と決め付けているのは自分。
ネガティブな思い込みや口ぐせはやめてやってみるが大事っつーことで。


ンでもって、この話の先にはいろんなおまけがついてくる。
みーんながあきらめても、さいごまであきらめずに飛び続けた
ノミのメグは「継続は力なり」という言葉の後ろにある集中力も忍耐力も身につけた。
そして、誰よりも飛び続けたおかげでほかのノミたちとは比べ物に
ならないほどの跳躍力を身につけ、
最後にはやり遂げたという恍惚の達成感までもゲット!!
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2006年04月04日
楽な道
険しい道
私は
道なき道を行く


今日心に引っかかったメッセージ。
自分の前に広がる道
たくさんの岐路はあるんだろうけど
選びきれなかったらこの選択肢もあるのか?
優柔不断な私は妙に安心したりして。
いやいや・・・そういう解釈ではなく
誰も歩んだことのない道を作っていくということで・・・(爆)

でも一番大事なのは全部自分の責任だということ.
一瞬一瞬をしっかり確かめながら前向きに歩いていこう☆
すこーし先にあるキラキラ輝く光を見つめながら♥
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